「FAS とは」
この3文字を調べたのは、たぶん転職サイトで見かけた求人がきっかけだったのではないでしょうか。
たしかに年収は高い。でも何をする会社なのかが、募集要項を読んでも今ひとつつかめない。
僕はひのといいます。
社労士をしながら、本業では会社の管理部門で給与計算と人件費の管理を担当しています。僕は公認会計士ではありませんし、FASで働いたこともありません。M&Aのディールを回した経験もありません。

ただ、自分の会社が買われる側になったときに、FASの人たちと最初から最後まで付き合ったことならあります。
トップ面談の前に出す資料の準備から、デューデリジェンスの回答、クロージング、そのあとの統合作業まで。
半年以上かかりました。
そのあいだ、相手方には常に誰かがいました。前半は財務の人、途中から法務の人、最後のほうは人事制度の人。全部同じ会社の名刺でした。

名刺の肩書きが毎回違うのに、会社名は同じ。最初は何の会社なのか分かりませんでした。
あとから調べて、それが「FAS」と呼ばれている領域の人なのだと知りました。
この記事は、僕がその半年で見たものと、公的機関や各社が公表している資料だけで組み立てています。
ひとつ、最初に驚いたことがあります。BIG4と呼ばれる4つのグループのうち、自分たちを正式に「FAS」と呼んでいるのは実は1社だけでした。

え、そうなの?
って思いましたよね。
僕も同じでした。
【この記事でわかること】
・FASとは何か。そしてBIG4で「FAS」を名乗っている会社
・FASの仕事は6つに分かれる
・M&Aの10工程のうち、FASが動くのはどこか
・デューデリジェンスとは
・BIG4系FAS4社の法人の違い
・FASとFA、M&A仲介、コンサル、投資銀行の違い
・FASの年収と働き方、資格などは要る?

この記事はFASを勧める記事ではありません。またやめておけと言う記事でもありません。その判断材料になればいいと思っています。
ひとつだけ先に。
この記事を最後まで読んでも、あなたの経歴にFASがいくら出すのかは分かりません。それが書いてあるのは、いま募集しているポジションの求人票だけです。
FASに特化した転職エージェントである「ヒュープロ」なら、伴走支援をしながら理想のFAS求人への転職のサポートが受けられます。
読み進めながらでかまわないので、頭の片隅に置いてみてください。
会計士・税理士・経理財務に特化した転職エージェントの「ヒュープロ」なら、FAS・財務系コンサルの求人を専用カテゴリで扱っているので、いまの年次と経験で出る条件を実際の求人で確かめられます。登録は無料で約1分、そのまま電話面談の日程まで選べます。
この記事の執筆者の信頼性

僕は令和元年の社会保険労務士試験に合格しました。3回受けて、勉強期間は2年半かかっています。
【主な保有資格】
社会保険労務士(全国社会保険労務士会連合会 登録)
ファイナンシャルプランナー2級(日本FP協会 登録)
本業は事業会社の管理部門です。毎月の給与計算、社会保険の手続き、36協定の締結、人件費の予算と実績の管理を担当しています。
この記事で扱う数字のうち、労働時間や人事労務デューデリジェンスの部分は、本職で僕が触っている領域そのものです。
一方でM&Aのアドバイザリー業務は、外から見た話しかできませんが各種公的資料を基に専門家の目線で解説します。
FASとは何か。BIG4で『FAS』を名乗っているのは1社だけ

FASとは「Financial Advisory Service」の略です。日本語にすると財務アドバイザリー、つまりお金まわりの助言をする仕事になります。
ただ、この訳語では何も分かりませんよね。
具体的には、FASは会社を買ったり売ったりするときに、買い手か売り手のどちらかについて、財務の面から支える仕事になります。
もう少し噛み砕くと、会社を売り買いするときには、必ず「いくらが妥当なのか」と「買ったあとに困ることはないか」を誰かが調べる必要があります。
その調べる役と、調べた結果をもとに条件を決める役を引き受けるのがFASです。

経営者の代わりに数字を握る仕事、と言い換えてもいいかもしれません。
ここで最初の落とし穴があります。
あなたが「FAS」で検索しているのに、大手BIG4の4社のうち3社は自分たちをFASと呼んでいません。求人票には「FAS」と書いてあるのに、面接の案内に書いてある会社名にはFASの3文字がない。この食い違いで混乱する人がいます。
| グループ | 法人の正式名称 | 自社での呼び方 |
|---|---|---|
| KPMG | 株式会社KPMG FAS | FAS |
| デロイト | 合同会社デロイトトーマツ | ファイナンシャルアドバイザリー |
| PwC | PwCアドバイザリー合同会社 | ディールアドバイザリー |
| EY | EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 | EY-Parthenon トランザクション・アンド・コーポレート・ファイナンス |
法人の名前に「FAS」が入っているのは、KPMGだけです。あなたが応募しようとしている会社の正式名称を、一度確認してみてください。
デロイトは「ファイナンシャルアドバイザリー」、PwCは「ディールアドバイザリー」、EYは「EY-Parthenon」というブランドのもとで「トランザクション・アンド・コーポレート・ファイナンス」と呼んでいます。

求人票で「FAS」と書いてあっても、実際に入る法人の名前はバラバラです。ここが分かっていないと、応募先の会社を間違えます。
それでもFASという呼び方が定着しているのは、KPMGの社名が業界の通称になったからです。監査法人の人が「FASに行った」と言えば、4社のどこかを指しています。
つまりFASは、正式な法人名でも資格の名前でもありません。M&Aを財務面から支える仕事全般を指す、業界の通称です。
FASという呼び方は、いつから使われているのか
FASという言葉が日本で広く使われるようになったのは、2000年代に入ってからです。
会計ビッグバンと呼ばれる制度改正で連結決算や減損会計が導入され、企業の再編が一気に増えました。
監査法人が持っていた財務の知識を、監査以外の場面で売る部門が必要になった
という流れです。
監査法人の中にFASを置くわけにはいきません。監査には独立性の要請があって、同じ相手に監査と助言を同時に出せないからです。
だから別法人として切り出されました。BIG4のFASが全部別会社になっているのは、この制度的な事情によるものです。

監査を受ける側にいると、この線引きは実感します。監査法人の人が助言めいたことを言いかけて、途中でやめる場面が何度もありました。
FASと監査法人は、同じグループでも別の会社
先ほど少し解説しましたが、もうひとつ、間違えやすいところがあります。監査法人とFASは、同じグループにあっても別の法人です。
たとえばPwCなら、監査を担当するのがPwC Japan有限責任監査法人、FASにあたるのがPwCアドバイザリー合同会社。
採用も、給与体系も、所属する会社も別になります。
監査法人からFASに移るのは、グループ内の異動ではなく転職です。あなたが監査法人にいるなら、退職と入社の手続きが発生します。
ここは在職中の会計士でも誤解していることがあります。

僕の会社に来ていた財務の人と人事制度の人も、名刺の会社名は同じでしたが、聞いたら所属は別の部門でした。中は細かく分かれています。
FASの仕事は6つに分かれる

FASと一括りに言っても、中でやっていることは別物です。同じ法人に入っても、どこに配属されるかで働き方がまったく変わります。
各社が公表している業務内容を並べると、大きく6つになります。
このうち世間でイメージされる「M&Aの仕事」に近いのは、いちばん上のFAです。
テレビや新聞で見る「買収を手がけた」という表現は、だいたいこのFAの仕事を指しています。相手を探し、条件を交渉し、契約をまとめるところまでを引き受けます。ただし案件の数でいうと、FASの中では少数派です。
ただ、人数でいうと財務デューデリジェンスとバリュエーションのほうが多くなります。
1件のM&Aに対して、FAは数人で足りますが、デューデリジェンスには短期間に多くの人手が要ります。だからFASの求人も、この2つの領域が多くなります。
会計士が最初に配属されるのも、たいていこの2つです。

会社を買うのは経営者の判断ですが、いくらで買えるのかを計算するのは、この人たちの仕事です。
6つの業務で、忙しさが違う
同じFASでも、どの業務に入るかで生活が変わります。
| 業務 | 激務度 | 予定の立てやすさ |
|---|---|---|
| FA | 案件が動く日は深夜まで | 交渉の相手次第で読めない |
| 財務DD | 2〜6週間だけ全部が飛ぶ | 開始日が外から決まる |
| バリュエーション | 納期は決まっている | 比較的読める |
| 事業再生 | 定例と緊急対応が混ざる | 出張が多い |
| フォレンジック | 調査が動くと一気に | 案件の発生が読めない |
| PMI支援 | 成立後100日に集中 | スケジュールは組める |
求人票には「FAS」としか書かれていないことがあります。応募する前に、どのサービスラインの募集なのかは必ず確認したほうがいいです。
ここは面接で聞けます。ただ、候補者本人が「残業はどれくらいですか」と直接聞くのは角が立ちます。転職エージェントが間に入っていれば、配属予定の部門と、その部門の残業時間を先に確認してもらえます。
会計士・税理士・経理財務に特化した転職エージェントの「ヒュープロ」なら、FAS・財務系コンサルの求人を専用カテゴリで扱っているので、いまの年次と経験で出る条件を実際の求人で確かめられます。登録は無料で約1分、そのまま電話面談の日程まで選べます。
FASで身につく力は3つある
どの業務に入っても、共通して鍛えられるものがあります。
| 身につく力 | どこで鍛えられるか | 次のキャリアでの使い道 |
|---|---|---|
| 限られた時間で論点を絞る力 | デューデリジェンス | 事業会社でも投資判断でも効く |
| 数字を判断に翻訳する力 | バリュエーション | 経営企画・CFOで直接使う |
| 利害が違う相手と話す力 | FA・PMI | どこへ行っても効く |
この3つは、会計士が監査法人で身につけたものの上に乗る力です。監査で鍛えた「読む速さ」を土台にして、その上に「選ぶ」「訳す」「交渉する」が積み上がります。

外から見ていても、この3つは分かりました。とくに2つ目の翻訳する力は、経営会議に出てくる資料の質に直結します。
「ヒュープロ」は会計士・税理士に特化した転職エージェントなので、配属予定のサービスラインや残業時間など、求人票に書かれていないことを応募前に確認できます。登録は無料で約1分です。
M&Aの10工程の、どこでFASが動くのか

FASの仕事が分かりにくいのは、M&Aという出来事の全体が見えていないからかもしれません。
中小企業庁が出している「中小M&Aガイドライン」には、M&Aの基本的な流れが10の工程として書かれています。
国が文書で定義しているので、ここが共通言語になります。
最初の「意思決定」だけは、売却側の経営者が決めることです。
ここはFASの出番がありません。売ると決めるまでは、経営者が自分で考える時間です。
| 工程 | 期間の目安 | 対象会社の中で起きること |
|---|---|---|
| 意思決定〜FAの選定 | 数か月 | 経営者と一部の役員だけが知っている |
| バリュエーション〜マッチング | 2〜6か月 | 資料の提出依頼が増えるが、理由は伏せられる |
| 交渉〜基本合意 | 1〜3か月 | 管理部門に話が下りてくることが多い |
| デューデリジェンス | 2〜6週間 | 全部署が同時に呼び出される |
| 最終契約〜クロージング | 1〜2か月 | 契約書の確認と引き渡しの準備 |
| PMI | 概ね1年 (うち100日が集中) | 制度の統合が始まる |
2番目の「仲介者・FAの選定」から、専門家が入ります。
この段階で、売り手は仲介に頼むかFAに頼むかを選びます。誰に相談するかで、そのあとの進み方が変わります。
FASが関わるのはここから先の9工程です。

僕の会社のときも、社長が決めたあとに全部が動き出しました。管理部門が知らされたのは、基本合意の少し前でした。
FASが関わる工程を、もう少し細かく解説します
10工程のうち、FASが中心になるのは以下の3つです。
【FASが中心になる3つ】
①バリュエーション(3番目)…… いくらの価値があるかを算定する
②デュー・ディリジェンス(7番目)…… 買う前に対象会社を調べる
③クロージング後のPMI(10番目)…… 買ったあとの統合作業
残りの工程では、FAとして交渉の場に同席したり、最終契約に反映すべき条件を詰めたりします。
公認会計士がFASに転職して最初に入るのは、ほぼデューデリジェンスです。監査で身につけた財務諸表を読む速さが、そのまま効く場所だからです。
ここで数年やってから、バリュエーションやFAに広げていく人が多いです。逆にPMI支援から入る人は、僕のような事業会社の管理部門出身者に多くなります。
基本合意とクロージングは、まったく別のもの
「基本合意の締結」で握手をして終わり、と思っている人がいます。

実際はここからが本番です。
基本合意は、価格やスケジュールの大枠を文書にしたものです。ここから買い手がデューデリジェンスに入って、出てきた内容を踏まえて最終契約の条件を詰め直します。
つまり基本合意の価格は、あとで下がることがあります。
下がる幅が大きければ、売り手が交渉を打ち切ることもあります。だから買い手側のFASは、何が価格に効く論点なのかを見極めながら調べます。
下げる材料を探すのが、買い手側についたFASの仕事です。

うちのときも、基本合意のあとに条件の話が蒸し返されました。あのときは正直、聞いてないよ、と思いましたね。
ここまでが、M&Aという出来事の骨格です。
自分がどの工程に関わりたいのかが決まると、見るべき求人も絞れます。FAをやりたいのか、調査がやりたいのか、統合を見たいのかで、応募先が変わります。
あなたが監査で面白いと感じたのが数字の分析なら、デューデリジェンス。人と話すことなら、FAです。
FAS求人に特化した転職エージェントである「ヒュープロ」なら、経験豊富な担当者の伴走支援で希望の転職が実現します。
会計士に特化した「ヒュープロ」なら、FA・デューデリジェンス・バリュエーション・PMIなど、担当する工程ごとに求人を見比べられます。登録は無料で約1分、転職を決めていない段階でも使えます。
デューデリジェンスは8種類ある。財務DDだけではない

FASの中心にあるのがデューデリジェンスです。買う前に、対象になる会社の中身を調べる作業を指します。
会計士が担当するのは財務DDですが、実際には同時に何種類ものDDが走ります。中小M&Aガイドラインには8種類が挙げられています。

このうち人事労務DDは、僕が資料を出す側で受けたものです。
財務は経理が受けて、法務は総務が受けて、労務の部分が僕のところに来ました。
部署をまたいで同じ資料を求められることもあります。誰がどれに答えるのかを決めるだけで半日使いました。
同じ週に3つの依頼リストが別々に届きます。

会社の中の人間からすると、DDは「一度に全部の部署が呼び出される週」です。
人事労務DDで実際に聞かれたこと
ガイドラインには「法務DDに一部含まれることがある」と書かれています。ただ、僕が受けたものは独立した一覧表でした。
【人事労務DDで実際に求められたもの】
・直近3年分の36協定(本社・全事業所)
・部署別、月別の時間外労働時間。45時間超・80時間超の人数がわかる形で
・就業規則と給与規程の改定履歴、労働基準監督署への届出控え
・社会保険・雇用保険の資格取得届と、加入漏れの有無
・全パート・有期契約社員の雇用契約書
・過去5年の労務トラブル、労基署の是正勧告、未払残業の有無
・退職金規程と、簿外債務になりうる未積立額
なぜこれを調べるのか。未払いの残業代や社会保険の加入漏れは、買ったあとに買い手が払うことになるからです。
| 労務の論点 | 何が起きるか | 金額の目安 |
|---|---|---|
| 未払いの時間外労働 | 退職者から請求されると、遡って支払う | 賃金請求権の時効は当面3年 |
| 社会保険の加入漏れ | 年金事務所の調査で遡及して徴収される | 最大2年分 |
| 管理監督者の範囲が広すぎる | 名ばかり管理職と判断されると残業代が発生 | 対象者数×期間 |
| 退職金の未積立 | 買ったあとに支払い義務が残る | 規程の計算式による |
帳簿には載っていないのに、あとから請求が来る。これを簿外債務と呼びます。

数字に出ていない借金を探す作業だと考えると分かりやすいです。労務はその温床なんですよ。
だからFASの財務DDチームは、労務の数字にも敏感です。僕が出した36協定を見て「特別条項の回数が上限に近い部署が2つあります」と返してきたチームがありました。
そこまで読める人が、FASでは評価されます。
DDの期間は2週間から6週間
DDの期間は案件によりますが、2週間から6週間が目安です。
なぜこんなに短いのか。交渉のテーブルに乗っているあいだ、売り手も買い手も通常の経営判断を止めているからです。長引くほど双方の負担が増えるので、期間を区切って一気にやります。
この期間だけ、関係者全員の生活が変わります。
買い手側のFASは締切から逆算して動きます。
報告書に間に合わせるため、こちらの回答が遅れると夜のうちに巻き返そうとします。資料を出す側にいると、その必死さが返信時刻に出ているのが分かりました。
その日に報告書が出ないと、最終契約の交渉が始まりません。動かせないのは締切のほうで、動かせるのは自分の睡眠時間だけ。
FASが激務と言われる理由の大半は、ここにあります。
この激務の中身については、FASはやめとけ?激務と言われる6つの理由を解説の記事で、各社の募集要項の固定残業時間から詳しく検証しています。
会計士に特化した「ヒュープロ」なら、財務デューデリジェンスを担当するポジションの応募要件と想定年収を、実際の求人票で確かめられます。登録は無料で約1分です。
バリュエーションは何をしているのか

M&Aの10工程では、3番目に置かれているのがバリュエーションです。日本語では企業価値評価と呼びます。
買い手が「この会社はいくらなら買っていいのか」を決めるための計算です。売り手にとっては「いくらで売れるはずか」の根拠になります。
やり方は大きく3つあります。
どれを使うかは、その会社の性格で決まります。成長している会社ならインカムアプローチ、資産が中心の会社ならコストアプローチが使われます。
| 算定方法 | 考え方 | 使いやすい場面 |
|---|---|---|
| インカムアプローチ | 将来生み出すお金の見込みから価値を出す | 成長している会社 |
| マーケットアプローチ | 似た上場会社や過去の取引と比べる | 同業の比較先がある会社 |
| コストアプローチ | いま持っている資産と負債の差から出す | 資産が中心の会社 |
中小企業のM&Aだと、コストアプローチに営業権を足す形がよく使われます。純資産に、何年分かの利益を上乗せする。この「何年分」が交渉の焦点になります。
この「何年分」に、決まった正解はありません。
買い手はできるだけ短く見積もりたいし、売り手は長く見てほしい。だからここが交渉の焦点になります。

うちのときも、まず純資産があって、そこに何年分かの利益が乗る形でした。素人にも分かる計算でしたね。
計算は1つに決まらない
ここが会計士の仕事と大きく違うところです。監査には正解があります。基準に照らして正しいか正しくないかが決まります。
バリュエーションには正解がありません。前提を変えれば答えが変わるからです。
将来の売上をどう置くか、割引率を何%にするか。
割引率は、その会社の事業にどれだけリスクがあるかを数字にしたものです。同じ会社でも、見る人によって評価が変わります。
その選び方で、出てくる金額が数億円動きます。

だから交渉になるんです。両方が自分の計算を持ってきて、どちらの前提が妥当かを話し合うことになります。
FASに入った会計士がいちばん戸惑うのが、この切り替えだと言われます。
PMIはM&A成立後の100日が勝負

10工程のいちばん最後にあるのが、クロージング後のポストM&Aです。実務ではPMIと呼ばれます。
「Post Merger Integration」の略で、買ったあとに2つの会社を実際に一つにしていく作業を指します。中小企業庁は「中小PMIガイドライン」で、PMIを「M&A成立後に行われる統合に向けた作業」と定義しています。
そして期間の目安まで書いています。
概ね1年。
ただし最初の100日は集中実施期とされています。
PMI推進体制の確立、関係者との信頼関係の構築、M&A成立後の現状把握。この3つを100日までにやり切る、というのがガイドラインの示す進め方です。

100日という区切りがあるのを知ったとき、うちのあの怒涛の3か月には名前があったのか、と思いました。
PMIの取組は3つの領域に分かれる
ガイドラインはPMIの中身を3つに分けています。
| 領域 | 目指すこと |
|---|---|
| 経営統合 | 経営の方向性、経営体制、仕組みの統合 |
| 信頼関係構築 | 経営ビジョンの浸透、従業員相互理解、取引先関係構築 |
| 業務統合 | 事業・管理機能に関する統合 |
このうち管理部門がいちばん時間を使うのが、3つ目の業務統合です。会計、人事、システム、購買。全部を合わせにいきます。

僕が担当したのは人事と労務でした。給与の締め日と支給日を合わせる。就業規則を統合する。社会保険の手続きを片方に寄せる。
| 統合する対象 | 何をするか | つまずきやすいところ |
|---|---|---|
| 給与計算 | 締め日・支給日・計算方法を片方に寄せる | 支給日が変わると社員の生活が変わる |
| 就業規則 | 2社の規程を1本にする | 待遇が下がる側の同意が必要 |
| 社会保険 | 適用事業所をまとめ、資格を移す | 手続きの期限がタイト |
| 人事評価 | 等級と評価制度を合わせる | 同じ仕事で給料が違う状態を放置できない |
| 勤怠システム | どちらかに統一する | 集計ルールが違うと過去との比較ができない |

就業規則を1本にするとき、どちらかの会社の待遇が下がります。下げるほうには同意が要ります。あれが100日でいちばんしんどい作業でした。
PMIを失敗すると、買った意味がなくなる
ガイドラインがわざわざPMIの文書を別に作っているのには理由があります。
M&Aは契約した瞬間がゴールに見えますが、実際には買った会社の利益が伸びてはじめて成功になります。そこに至る作業がPMIです。
買っただけでは効果が出ないからです。
制度が違うまま放置すると、給与計算が二重に走ります。評価制度が2つあると、同じ仕事をしている人の給料が違うまま残ります。
その不公平は、必ず従業員に気づかれます。
給与明細は毎月配られます。隠し通せるものではありません。

買収した会社のキーパーソンが半年で辞めたら、何のために買ったのか分からなくなります。PMIはそこを止める仕事です。
BIG4系のFASは4社ともPMI支援をサービスラインに持っています。EYはPMIを独立したユニットとして置いているほどです。
DDは短期決戦ですが、PMIは年単位で伴走します。同じFASの中でも、働き方がいちばん違うのがこの領域です。予定が立つ働き方を選びたいなら、PMI支援を持つファームを選ぶという考え方もあります。
東証プライム上場で管理部門・士業に特化した「MS-Japan」なら、FASのPMI支援だけでなく、事業会社側でPMIを受ける経営企画のポジションも並べて条件を比べられます。登録は無料・全国対応です。
BIG4系FAS4社を並べて比べる

ここまでで、FASが何をする仕事かは見えたはずです。次は、実際にどの会社があるのかです。BIG4系の4社が公表している情報を、横に並べるとこうなります。
| KPMG FAS | デロイトトーマツ | PwCアドバイザリー | EYSC | |
|---|---|---|---|---|
| 法人形態 | 株式会社 | 合同会社 | 合同会社 | 株式会社 |
| 代表者 | 澄川徹ほか3名 | 長川知太郎 鹿山真吾 | 鈴木慎介 | ― |
| 拠点 | 東京 大阪 名古屋 福岡 | 東京 名古屋 大阪 広島 福岡ほか | 東京 大阪 名古屋 | 東京 |
| 新卒の勤務地 | 東京または大阪 | 全国・海外 (転勤あり) | 東京 | 東京 |
| 新卒の初年度 | 600万円〜 | 550万円 | 684万円(学士) | 公表なし |
| 固定残業 | 50時間 | 33時間 | 30時間 | ― |
デロイト トーマツは2025年12月に「合同会社デロイトトーマツ」として発足していて、子会社を含む人員は約12,000名と公表されています。ファイナンシャルアドバイザリーはその中の一部門です。
同じ「FAS」でも、会社によって持っているサービスが違います。
KPMG FASだけは、FAS専業の独立した株式会社です。2026年7月時点でパートナーが約90名、マネージングディレクターが約20名と公表されています。
| 主な呼び方 | |
|---|---|
| KPMG FAS | M&Aアドバイザリー トランザクションサービス フォレンジック 事業再生 |
| デロイト トーマツ | コーポレートファイナンシャルアドバイザリー トランザクションサービス バリュエーション&モデリング ターンアラウンド&リストラクチャリング フォレンジック&クライシスマネジメント |
| PwCアドバイザリー | M&A戦略 フィナンシャルアドバイザリー デューデリジェンス バリュエーション 事業再生 PMI インフラプロジェクト |
| EYSC | M&Aアドバイザリー PMI・カーブアウト・組織再編、事業再生・バリューアップ 戦略コンサルティング ファイナンス |

組織の形が違うということは、入ったあとの異動の範囲も違うということです。ここは見落とされがちなところです。
BIG4系以外にもFASはある
FASはBIG4だけのものではありません。
独立系と呼ばれるブティックファーム、会計事務所系のアドバイザリー部門、銀行や証券会社のM&A部門があります。
| 種類 | 特徴 | 1人あたりの担当範囲 |
|---|---|---|
| BIG4系 | 大型・クロスボーダーが多い。分業が進んでいる | 狭い |
| 独立系・ブティック | 中堅案件が中心。少人数 | 広い |
| 会計事務所系 | 税務と一体で中小企業を担当 | 広い |
| 銀行・証券のM&A部門 | 資金調達とセット。FASとは呼ばないことが多い | 中程度 |
違いは案件の規模と、一人が任される範囲です。BIG4系は大型やクロスボーダーに入れますが、分業なので担当は狭くなります。独立系は少人数のぶん、最初から全工程に関われます。
大型案件では、財務DDのチームだけで10人を超えることがあります。そのぶん自分が見るのは対象会社の一部分になります。独立系なら、同じ案件を3人で回すこともあります。

どちらが上ということはありません。大きい案件の一部をやりたいのか、小さい案件を丸ごとやりたいのかの違いです。
求人を見ると、この2つは同じ「FAS」のくくりで並んで出てきます。応募する前に、担当範囲がどこまでかを確認してください。
「ヒュープロ」は士業・管理部門に特化しているので、BIG4系と独立系のFAS求人を同じ画面で横断して見られます。担当範囲や想定年収の差を、実際の求人票で比べられます。登録は無料で約1分です。
FASとFA、M&A仲介、コンサル、投資銀行の違い

M&Aまわりには似た言葉が並んでいます。ここが分かると、求人票が読めるようになります。
| 言葉 | 正式には | 指しているもの |
|---|---|---|
| FAS | Financial Advisory Service | M&Aを財務面から支える仕事の通称 |
| FA | Financial Advisor | 買い手か売り手の一方につくアドバイザー |
| DD | Due Diligence | 買う前に対象会社を調べる作業 |
| バリュエーション | Valuation | 企業価値・事業価値の算定 |
| PMI | Post Merger Integration | M&A成立後の統合作業 |
| ディールアドバイザリー | Deal Advisory | FASとほぼ同義。PwCが使う呼び方 |
| トランザクションサービス | Transaction Service | 財務DDを中心とした部門の呼び名 |
まずFASとFAの関係です。FAはFinancial Advisorの略で、FASが提供するサービスのひとつを指します。
中小M&Aガイドラインは、FAを「譲り渡し側又は譲り受け側の一方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関」と定義しています。
【仲介とFAは、契約の相手が違う】
・仲介……譲り渡し側と譲り受け側の双方と契約する
・FA……譲り渡し側か譲り受け側の一方と契約する
片側につくか、両方の間に立つか。この一点が決定的に違います。
FAは自分の依頼者に有利な条件を取りに行きます。仲介は両方の折り合いをつけにいきます。
どちらが正しいという話ではありません。中小企業のM&Aでは、売り手も買い手もアドバイザーを雇う余裕がないことが多く、1社が間に立つほうが成立しやすいという事情があります。

買い手側のFAがどれだけ買い手の側に立っているかは、質問の仕方ですぐ分かります。中立ではないんですよ、あの人たちは。
日本のM&Aは、数でいうと仲介が8割
どちらが多いのか。中小企業庁の実績報告に数字があります。
譲渡側の案件のうち、仲介が77.6%、FAが22.4%でした。
日本の中小企業のM&Aは、大半が仲介で動いています。だから転職サイトでFASを探すと、M&A仲介の求人が一緒に出てきます。
仲介とFASでは報酬の決まり方が違います。仲介は成功報酬が中心で、成約数によって年収が大きく振れます。FASは等級で決まります。
| FAS | M&A仲介 | 戦略コンサル | 投資銀行 | |
|---|---|---|---|---|
| 立場 | 依頼者の片側 | 売り手と買い手の間 | 買い手の意思決定を支援 | 資金調達と大型案件 |
| 主な仕事 | DD・バリュエーション・FA | 相手探しと成約 | 買うかどうかの戦略 | 資金調達・大型M&A |
| 報酬 | 等級で決まる | 成約数で振れる | 等級で決まる | 等級+賞与で振れる |
| 会計士の多さ | 多い | 少なめ | 少ない | 少ない |

等級で決まるほうが落ち着くならFAS、成約数で跳ねるほうがいいなら仲介です。好みの問題ですね。
この選択は、両方の求人を並べて条件を見ないと自分でも分かりません。M&Aの転職に特化した転職エージェントである「ヒュープロ」なら、伴走支援で様々な求人を並べて提案してもらえます。
「ヒュープロ」なら、FASと仲介の両方の求人を同じ画面で扱っているので、報酬の決まり方の違いを実際の提示額で比べられます。登録は無料で約1分、相談だけで終わってもかまいません。
FASの年収と働き方は募集要項に出ている

FASを調べている人がいちばん知りたいのは、たぶんここです。BIG4系4社の新卒の初年度は、採用サイトに金額が載っています。
EYSCだけは募集要項に給与を書いていません。ほかの3社は金額を公表しています。
公表していないことをもって低いとは言えません。ただ、比較したい側からすると材料が足りない状態です。
同じグループの監査法人と比べると、初年度で25.6%から37.0%高くなっています。額では112万円から180万円の差です。

ただし、この金額には最初から残業代が含まれています。ここを読み落とすと、入ってから話が違うことになります。
FASには固定残業が入っている、という意味
4社のうち3社が、給与の中に固定残業を含めています。KPMG FASが50時間、デロイト トーマツが33時間、PwCアドバイザリーが30時間です。
固定残業代は、実際に残業したかどうかにかかわらず、その時間分をあらかじめ払う仕組みです。会社が「毎月これくらいは働いてもらう前提です」と宣言しているのと同じになります。
参考までに、一般労働者の所定外労働時間は月13.5時間です。

社労士として言うと、固定残業の時間数は、求人票の残業時間の欄よりよほど正直な数字です。
時間単価に直すとどうなるか、残業が何時間を超えると監査法人のほうが高くなるか。そこまで計算した結果は、FASはやめとけ?激務と言われる6つの理由を解説の記事にまとめてあります。
中途で入るときの年収は、求人票にしか書いていない
いま並べたのは全部、新卒の初年度の条件です。監査法人で3年働いたあなたに、いくら出るのかは別の話になります。
2026年9月時点で会計士向けのエージェントに載っていたFAS・財務系コンサルの求人は216件ありました。そのうち年収がレンジで書かれていた213件を集計すると、下限は中央値で580万円、上限は中央値で1,100万円でした。
ただ、この幅は中央値で500万円あります。上限の数字がそのまま提示されるわけではありません。

求人票のレンジは「この中のどれかになります」というのであって、あなたの年収ではありません。
自分がどこに入るのかは、経歴を具体的に見てもらわないと分かりません。逆に言えば、業界に特化した転職エージェントに経歴を渡せば面接前でも当たりはつきます。
会計士・税理士・経理財務に特化した「ヒュープロ」なら、同じFAS求人でもあなたの年次と担当業種だとレンジのどのあたりになるかを教えてもらえます。登録は無料で約1分、そのまま電話面談の日程を選べます。
FASで働くのに資格は要るのか?

結論から書くと、FASは資格がなくても入れます。FASは弁護士や公認会計士のような業務独占資格の仕事ではありません。
実際、KPMG FASの新卒募集は全学部・全学科が対象で、募集人数は20〜25名。PwCアドバイザリーも学部不問です。

公認会計士でないと入れない、というのは少し古い理解かもしれません。
ただし、入口では資格が効く
資格の価値は、入るときにいちばん高く、入ってからは下がります。
面接で公認会計士だと分かれば、財務諸表が読めることは説明しなくて済みます。そこから先は、読んだ数字をどう使うかの話になります。
求人票の応募要件に「公認会計士」と書いてある募集は多く、書類選考で落ちにくい。財務DDの現場では、会計基準の知識がそのまま使えます。
一方で、入ったあとに評価されるのは資格ではありません。その論点が価格にいくら効くかを翻訳できるかどうかです。
【FASで評価されやすい経験】
・非上場、オーナー企業の監査を担当したことがある
・IPO準備の支援に入ったことがある
・組織再編や連結の初度作成に関わったことがある
・クライアントの経営者と直接話す場に出ていた
・英語の資料を読む案件に入っていた
M&Aの対象になる会社の多くは非上場です。中小企業庁の実績報告でも、成約した譲渡側の案件のうち73.3%が株式譲渡でした。
非上場のオーナー企業では、会社の資産と社長個人の資産が混ざっていることがあります。それを解きほぐした経験は、そのままFASで使えます。
連結の複雑な論点より、オーナーの個人資産と会社の資産が混ざっているような会社を見た経験のほうが効きます。
USCPAや簿記は評価されるか
USCPAは、英語を使う案件があるファームでは評価されます。クロスボーダー案件を扱う部署はとくにそうです。
ただ、USCPAだけで入るのは会計士より難易度が上がります。実務経験とセットで見られると考えたほうがいいです。
簿記は、それ単体で入口にはなりません。新卒であれば学部不問なので、資格より選考対策のほうが効きます。
FASの選考はどう進むか
会社によりますが、おおむね下記のような流れになります。
2つ目と3つ目が山場です。「網羅的に見てきた」と答えると、たいてい深掘りされません。
「この論点が金額に効くと判断した」という話ができるかどうかで、評価が分かれます。監査の経験そのものより、その経験をどう語れるかを見られています。

資料を受け取る側にいて感じたのも、まさにそこでした。数字を並べる人と、数字の意味を言う人では、次の打ち合わせでの扱いが変わります。
ただ、経理の実務経験とセットなら、事業再生やPMI支援の募集で評価されることがあります。
| 資格 | 入口での効き方 | 入ってからの効き方 |
|---|---|---|
| 公認会計士 | 強い。 応募要件に書かれていることが多い | 財務DD・バリュエーションで直接効く |
| USCPA | 英語案件のあるファームで効く | クロスボーダー案件で効く |
| 税理士 | 税務DDの募集で効く | 税務論点の判断で効く |
| 中小企業診断士 | 事業再生の募集で評価されることがある | 事業計画の作成で効く |
| 簿記2級 | 単独では弱い | 実務経験とセットなら |

資格は書類を通すための鍵です。鍵を持っていても、中でどう動くかは別の話になります。
自分の資格と経歴がどの求人で評価されるのかは、求人ごとに違います。同じ「会計士3年」でも、担当した業種と会社の規模で出てくる求人が変わります。
東証プライム上場で管理部門・士業に特化した「MS-Japan」は、求人数が業界最大級で全国対応です。FASに限らず、いまの経歴が評価される求人を横断で探してもらえます。登録は無料です。
M&Aを受ける側から見た、FASの人たちの仕事ぶり

ここからは公表資料ではなく、僕が実際に見た話です。自分の会社が買われる側になったときに、相手方のFASと半年付き合いました。
最初に会ったのは財務の人でした。基本合意の前に、こちらの数字を整理する段階から出てきます。
こちらは経理部長と僕の2人で対応しました。向こうは3人で来ました。
印象に残っているのは、その人が最初の打ち合わせで一度も資料を持っていなかったことです。全部頭に入っていて、こちらが出した決算書の数字をその場で指摘してきました。

事前にどれだけ読み込んできたのかが、最初の30分で分かりました。あれは怖かったですね。
質問の数で、チームの力量が分かる
デューデリジェンスが始まると、依頼リストが届きます。何度か受けているうちに、チームによって質問の数がまるで違うことに気づきました。
| 僕が受けた依頼 | 項目数 | 回答期限 | 相手のチーム人数 |
|---|---|---|---|
| 1回目 (基本合意の直後) | 50項目 | 金曜の夜に受領、月曜の朝 | 聞いていない |
| 2回目 (同じ案件の追加) | 12項目 | 当日中 | 同上 |
| 3回目 (別案件・汎用リスト型) | 80項目 | 5営業日 | 6人 |
| 4回目 (別案件・論点特定型) | 30項目 | 3営業日 | 3人 |
あるチームは全部で80項目を送ってきました。読むと、汎用のチェックリストをそのまま貼った形跡がありました。
別のチームは30項目でした。そのかわり、こちらが出した36協定を見たあとに「特別条項の回数が上限に近い部署が2つあります。この部署だけ、直近12か月の実績を月別でください」と返してきました。
痛いところを知っていて、そこだけ掘りに来る人たちでした。

こちらとしては30項目のチームのほうが怖いです。ただ、仕事として見ると、明らかにうまい。
FASで評価されるのは、この30項目を選べるほうです。監査で評価されるのは、80項目を全部埋めるほうかもしれません。
あなたが監査で鍛えてきたのは、たぶん80項目のほうだと思います。それが悪いわけではありません。
ただ、FASに入ったら評価される軸が変わります。全部見ることから、選ぶことへ。
クロージングの日は、意外とあっけない
契約書に署名して、代金が振り込まれて、それで終わりです。半年かけた話が、その日は1時間で片づきました。
その場にいたのは両社の社長と、弁護士と、FAの人だけでした。僕は隣の部屋で書類を待っていました。

半年間いちばん動いていたのは財務の人でしたが、最後の部屋にはいませんでした。
大変なのはそのあとでした。翌週から、今度はPMIの担当者が来ます。財務の人はもう来ません。名刺の会社名は同じですが、顔ぶれが全部入れ替わります。

3週間毎日メールしていた相手が、次の週にはいない。それまでの取引先ではなかったことでした。
統合の100日で、僕がやったこと
PMIで管理部門がやることは、地味で膨大です。給与の締め日と支給日を合わせて、就業規則を1本にして、社会保険の手続きを片方に寄せます。
華やかな話は何ひとつありません。ただ、ここを飛ばすと買収そのものが失敗します。
会議室に規程を並べて、1条ずつ突き合わせる作業が何週間も続きます。
いちばん時間を使ったのは就業規則でした。2つの会社の規程を突き合わせると、有給の付与日数も、慶弔休暇も、退職金の計算式も違います。
有給の付与日数が違えば、入社日からの計算をやり直します。慶弔休暇の日数が違えば、どちらに合わせるかを決めます。細かい違いが何十箇所も出てきました。
どちらかに寄せると、片方の従業員の待遇が下がります。下げるには本人の同意が要ります。

この説明会だけは、FASの人に代わってもらえませんでした。中の人間が自分の言葉で話すしかない場面でした。
FASのPMI担当は、そこまでの設計図を作って伴走してくれました。実際に社員の前に立つのは、こちらの仕事でした。
この線引きが、FASという仕事の性格をよく表しています。決めるのは会社で、決めるための材料と道筋を作るのがFASです。

外から見ていて思ったのは、FASは決める人ではないということです。決める人に、決められるだけの材料を渡す仕事でした。
会計士に特化した「ヒュープロ」なら、FASのPMI支援や財務デューデリジェンスなど、担当領域ごとの求人を応募要件つきで見られます。登録は無料で約1分です。
FASについてよくある質問
検索でよく一緒に調べられていることに、順番に答えます。
FASとFAは何が違いますか?
FASはM&Aを財務面から支える仕事全般を指す通称で、FAはその中のひとつのサービスです。FAはFinancial Advisorの略で、買い手か売り手の一方と契約して、その依頼者の側に立って動きます。
中小M&Aガイドラインでは、FAを「譲り渡し側又は譲り受け側の一方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関」と定義しています。双方と契約するのが仲介、一方と契約するのがFAです。
FASはどんな人が働いていますか?
公認会計士が多いのは事実ですが、それだけではありません。銀行や証券会社の出身者、事業会社の経営企画にいた人、戦略コンサル出身者が混ざっています。
新卒でも入れます。KPMG FASの新卒募集は全学部・全学科が対象で、PwCアドバイザリーも学部不問です。

会計士でないと入れない、というのは少し古い理解かもしれません。
FASの年収はどれくらいですか?
新卒の初年度は、PwCアドバイザリーが学士で6,842,310円、KPMG FASが基本年俸600万円〜、デロイト トーマツが5,500,000円と公表しています。EYSCは募集要項に給与を書いていません。
この金額にはいずれも固定残業が含まれています。
中途の場合は求人ごとに幅があります。掲載されている求人216件のうち、年収がレンジで書かれていた213件を集計したところ、下限は中央値580万円、上限は中央値1,100万円でした。
FASは激務ですか?
募集要項の固定残業時間が、その答えに近いです。KPMG FASが50時間、デロイト トーマツが33時間、PwCアドバイザリーが30時間を給与に含めています。
一般労働者の所定外労働時間は月13.5時間なので、2倍から4倍近い水準が前提に置かれていることになります。ただ、忙しさは配属されるサービスラインによってかなり違います。

社労士として言うと、固定残業の時間数は求人票の残業時間の欄よりよほど正直です。
FASとM&A仲介はどちらがいいですか?
どちらが上ということはなく、報酬の決まり方の好みで決まります。FASは等級で年収が決まり、仲介は成約数で大きく振れます。
固定給と成功報酬の比率は、会社によって大きく違います。応募前に必ず確認してください。
件数でいうと、日本のM&Aは仲介のほうが多いです。中小企業庁の実績報告では、譲渡側の案件のうち仲介が77.6%、FAが22.4%でした。

転職サイトでFASを探すと仲介の求人まで出てくるのは、単純に求人数が多いからです。
FASに未経験でも転職できますか?
できる募集はあります。実在する求人の中には「未経験歓迎」と書かれた事業再生コンサルタントの募集があり、年収レンジは400万円〜800万円でした。
ただし未経験可の募集は、年収レンジの下限が低い傾向があります。会計士や実務経験者向けの募集とは、入口の条件が違うと考えたほうがいいです。

未経験歓迎という言葉は、教えてくれるという意味であって、給料が同じという意味ではありません。
FASで英語は必要ですか?
部署によります。クロスボーダー案件を扱うチームでは、英語の資料を読んで、海外のメンバーファームとやりとりする場面があります。
一方で、国内の中小企業のM&Aを扱うチームなら、英語を使わない日のほうが多くなります。応募前にどの案件を担当する募集なのかを確認してください。

英語ができると入れる部署が増える、くらいの理解でちょうどいいです。
FASとコンサルティングファームの違いは何ですか?
担当する場面が違います。戦略コンサルは「買うかどうか、どこを買うか」という手前の意思決定を支援し、FASは「いくらで買えるのか、何がリスクか」という実行段階を担います。
実際には境界が曖昧になってきていて、BIG4系のFASは戦略の手前から入ることも増えています。EYはM&A関連のユニットを戦略コンサルと同じ会社に置いています。
FASでのキャリアパスはどうなりますか?
社内で上がっていく場合は、アナリストからシニアアソシエイト、マネージャー、パートナーという順に進みます。案件を取ってくる立場に近づくほど、報酬が上がります。
外に出る場合は、PEファンド、事業会社の経営企画やM&A担当、CFO、独立開業といった行き先があります。この中でいちばん多いのは事業会社の経営企画です。
FASは未経験の事業会社出身でも入れますか?
入れる募集はあります。とくにPMI支援や事業再生では、事業会社で管理部門や経営企画をやっていた経験が評価されます。
財務デューデリジェンスやバリュエーションは、会計の専門知識が前提になるので難易度が上がります。どの領域を狙うかで、必要な経歴が変わります。
FASの繁忙期はいつですか?
監査法人のように決まった繁忙期はありません。案件が動いているかどうかで決まるので、年間の波が読みにくくなります。
ただし決算期に寄る業務はあります。バリュエーションは減損や組織再編に絡むので、3月決算の会社が多い日本では年明けから春にかけて集中しやすくなります。

うちの会社にもFAS出身の人が経営企画に入ってきました。資料の作りが明らかに違いましたね。
FASは将来性がありますか?
M&Aの支援機関は増え続けています。中小企業庁に登録されている事業者は2026年3月9日時点で3,399者で、制度が始まった2021年度末の2,823者から576者増えました。
ただ、増えているのは主に仲介の側です。同じ実績報告では、成約実績のある登録機関は723者にとどまっていて、登録しても案件が取れていない事業者のほうが多い状況でした。

プレイヤーが増えるということは、1者あたりが取れる案件が薄くなるということでもあります。
この記事のまとめ ~FASとは何だったのか~
長い記事になったので、大事なところをまとめます。
【この記事のまとめ】
・FASは「Financial Advisory Service」の略で、M&Aを財務面から支える仕事の通称
・BIG4で法人名に「FAS」が入っているのはKPMGだけ。
・監査法人とFASは同じグループでも別の法人で、移るのは異動ではなく転職
・仕事はFA、財務DD、バリュエーション、事業再生、フォレンジック、PMI支援の6つに分かれる
・デューデリジェンスは8種類あって、人事労務DDもそのひとつ
・PMIは概ね1年。うち最初の100日が集中実施期
・新卒の初年度はPwC684万円、KPMG 600万円〜、デロイト550万円。いずれも固定残業込み
・資格がなくても入れるが、入口では公認会計士が効く
FASという言葉が分かりにくかったのは、それが会社の名前でも資格の名前でもなかったからです。M&Aという長い工程の、財務の部分を担当している人たちの総称でした。

調べ始めたときは僕も、どこかにFASという会社があるものだと思っていました。
だから求人票を読むときは、「FAS」という3文字ではなく、その下に書いてある担当業務を見てください。FAなのか、デューデリジェンスなのか、PMIなのかで、働き方も身につく力も変わります。
あなたが見るべきなのは、会社名の3文字ではなく、その下の職務内容です
そして、自分の経歴にいくらの値が付くのかは、この記事のどこにも書いてありません。
ここに書いた580万円も1,100万円も、213件の中央値であって、あなたの数字ではないからです。それが分かるのは、いま募集しているポジションの提示額だけです。
動いた人も残った人も、確かめた人は後悔していませんでした。後悔していたのは、確かめないまま何年も迷い続けた人のほうです。
会計士・税理士・経理財務に特化した「ヒュープロ」なら、FAS・財務系コンサルの求人を専用カテゴリで扱っているので、あなたの年次と経験で出る提示額を実際の求人で確かめられます。登録は無料で約1分、そのまま電話面談の日程まで選べます。
FASだけでなく、事業会社や監査法人も含めて比べたいなら、管理部門と士業に強いエージェントを併せて使うと視野が広がります。
東証プライム上場の「MS-Japan」は管理部門・士業に特化していて、求人数は業界最大級・全国対応です。FASと事業会社と監査法人を並べて条件を比べられます。登録は無料です。
あわせて読みたいFAS・監査法人の記事
・FASはやめとけ?激務と言われる6つの理由を解説【会計士の転職】
・公認会計士が監査法人から転職するタイミングはいつ?ベストな時期とコンサルという選択肢!
・会計士が事業会社に転職すると年収は下がる?転職後に何が起きるかと後悔しない選び方
・監査法人は激務?繁忙期の残業、BIG4と中小の違い、辞めどきを現役管理部門が解説
・四大監査法人はどこがいい?BIG4の規模・年収・社風・得意業種を現役管理部門が比較
・監査法人の年収は高い?役職別・BIG4別・年代別の実態を現役管理部門が解説

募集要項とガイドラインを並べるだけで、ここまで分かります。口コミを100件読むより、公式の1ページのほうがよほど多くを語っていますよ。

コメント